この内容は、『めざせジムリーダー』の第1章~1~です。

 

『めざせジムリーダー』の各章は、こちらから閲覧することができます▼

ポケモンGO体験談『めざせジムリーダー』もくじ

 

スポンサーリンク

目次

【第1章】30代無職、ポケモントレーナーになる~1~

1・プロローグ

サトシが思い出せる小学生の最初の記憶は、1996年の夏の日だ。

 

その日、父から渡されたのは念願のゲームボーイだった。

 

父の同僚がゲームボーイポケットを購入したので、そのおさがりというわけだ。

 

公務員である父が、息子にゲームを買い与えることは今までなかったのだが、ソフトがなければ遊ぶことができないので、一緒に中古のゲームショップにやってきた。聡にとっては、憧れの場所だった。

 

その中にある一本のソフトを手に取った。

 

テレビCMを見て、どうしても欲しかったソフトだ。

 

それを父に見せると、「赤?変なタイトルだな」と鼻で笑っていた。

 

しかし、その変なタイトルは、数十年の月日が流れても色あせることのないビックタイトルに成長するとは、この時、誰も予想していなかった。

 

 

2016年の夏、その名は新たな社会現象を引き起こすことになる……。

 

2・現実世界のサトシ

「お前さ、なんならできるの?」

 

ベトベトンのような目つきをした上司は、聡の前に書類を突きつけた。

 

「いつから、うちのコピー機は十円で販売するようになったんだ?」

「あ、いえ……」

「これじゃ、コンビニでコピーした金額と同じじゃねえか!」

「すいません……」

 

その怒声でオフィスが静まりかえることはなく、周りは当たり前のように仕事をしていた。彼らにとっては、もはや聞きなれた雑音だった。

 

上司は椅子にふんぞり返ると、聡を上から下まで舐めまわすように見たあとに鼻で笑った。

 

「お前さ、あれだな。努力しても直らないバカだよな。もともとのポテンシャルが低いし、性格も終わってるからな」

 

聡は愕然とした。それはポケモンで例えるなら、ステータスに基礎ポイントを振っても無意味なバトル向きではない進化前であり、性格補正すら個性と真逆な状態を意味する。

 

「……確かに、それは逃がすしかないですね」

「は?」

「あっ、いえ、何でもないです……」

「とにかく、やり直し!」

 

その怒声から逃れるように、聡は自分の席に戻った。自然と深いため息が出る。

 

書類なら、何度でもやり直せる。しかし、コラッタが『すごいとっくん』をしたところで、レーティングバトルで勝つことはできない。

 

この会社で聡は、レート千三百代の評価しか受けることはできないのだ。

 

聡はスマホを取り出すと、馴染みのポケモン掲示板に書き込んだ。

 

 

アッシュ@キミにきめた

『ワイ、会社にて控えめコラッタと評価wwwww』

 

 

自分で書き込んだ文章ではあったが、まったく笑えなかった。

 

「はあ……さっさと直すか」

 

スマホをデスクに置こうとしたとき、掲示板に新たな書き込みが加えられた。

 

 

プロフェッサーオーク@ポケモン川柳

>>1

『お前には我武者羅があるだろ。襷あれば乗り切れる』

 

 

「オーキド博士、やっぱいいこと言うなあ」

 

他にも書き込みがあったが、聡はこの言葉だけに心奪われていた。ポケモンの情報収集のためだけに使っていた掲示板だったが、いつしかプロフェッサーオークから励ましてもらうために利用していた。

 

彼の格言に心打たれたことで、聡はなんとか今日をやり過ごすことができた。

 

スポンサーリンク

3・茜との再会

ようやく会社の檻から解放された聡は、夕日が照り返すホームで、1時間刻みにしか来ない電車を待っていた。こういう時の暇つぶしは、ポケモンコマスターのクエスト攻略に限る。

 

「聡くん、だよね?」

 

聡は声がしたほうを振り返ると、小学生の頃の同級生であるアカネが立っていた。面影はあるが、一目では誰か分からなかった。すっかり大人の女性になっていた。

 

「あれ、まだポケモン好きなんだね」

 

操作していたスマホを見られ、聡は照れながらポケットにしまった。茜も手に持っていたスマホの電源を切ろうとした時、思い出したように口を開いた。

 

「そういえば、なんか新しいの出るらしいね」

「え?ああ、ポケモンGOかい?」

「そう、それ!やっぱり、やるの?」

「うん、まあ」

「でも、こんな田舎じゃ楽しめないんじゃない?」

「まあ、確かに。そう言われてるね」

「……なんか、大人しくなった?」

 

そんな言葉をかけられるとは思わず、聡はなんて答えていいか分からなかった。

 

「だってほら。小学生のときは、『オレのポケモン最強だから勝てる奴いねぇよ!!』的なこと叫んでなかった?」

 

小学生とは恐ろしい生き物だ。基礎ポイントの振り方すら知らない分際で、そんなことを軽々しく口にすることができた。

 

でも、茜の言う通りだった。実力がなくても、その自信に満ち溢れた言動は周囲に影響を与えていた。

 

聡は小学生の頃、ポケモンバトルでは最強だった。

 

記憶が風化しているので名前は出てこないが、坊主頭でチビのクラスメイトとよくポケモンバトルをし、その周りにみんなが集まってきた。その時、茜もいたような気がする。

 

『かげぶんしん』を積み、その友達を完膚なきまでに叩きのめすと、みんなは「凄い!」と称賛してくれた。今の自分とは、真逆の存在だ……。

 

だが、それは当然の話だ。小学生の頃の評価が、会社に反映されることはない。会社に認めてもらうのなら、新たな成果が必要となる。

 

茜のおかげで気づくことができた。赤緑で100レベルまで育てても、次の世代からは1レベルのポケモンからスタートするのだ。

 

『虫よけスプレー』で逃げてばかりで、そのことをすっかり忘れていた。

 

1レベルのままなら、誰からも評価されるわけがない。

 

「茜ちゃん、ありがとう。オレ、タマゴ厳選からやり直す」

「ん?ちょっと何言ってるか分からないけど、昔の聡くんに戻ったみたいね」

 

茜はクスッと笑っていた。

 

ホームにアナウンスが鳴り、茜は聡とは逆の電車に乗った。

 

「あれ、こっちじゃないの?」

「今は一人暮らしだから」

「ああ、なるほど」

「会えて良かった、またね」

 

別々に乗り込んだ二人の電車は、それぞれ違う方向へと走り出した。

 

笑顔の茜が見えなくなるまで、聡は手を振り続けた。

 

「また、会えるといいな」

 

この願いは、のちに叶うことになる。だが、現実世界の茜にも『みんなのトラウマ』を引き起こされるとは、今の聡には想像もできなかった……。

 

≪続きを読む≫

 

スポンサーリンク