この内容は、『めざせジムリーダー』の第3章~1~です。

 

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ポケモンGO体験談『めざせジムリーダー』もくじ

 

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目次

【第3章】集え!レイドバトル~1~

16・休戦

四天王ジムは、カプセル状になったまま機能を停止していた。アップデートが開始されるまで、しばらくジムは休戦状態となったのだ。

 

「ひ、暇だ……」

 

聡はやることを失い、机に突っ伏していた。ジムの機能が停止してようやく気づいた。このスマホアプリに完全に依存している。

 

それと同時に、不思議な感覚もあった。

 

安堵できる。

 

自分の陣地を攻撃されることのない安心感が、聡の精神状態をリラックスさせていた。

 

「戦争している国って、こんな感じなのかな?」

 

スマホアプリと比較するのは失礼な話ではあるが、戦後の日本人である聡には感慨深いところがあった。

 

仮想世界の出来事と現実がリンクしているアプリだからこそ体験できる、不思議な感覚だ。

 

「聡ちゃーん、牛乳ないから買ってきてくれる?」

 

母親の声が聞こえてきた。居候の身であるため、買い物は手伝うようにしている。

 

「まあ、他にやることもないしな」

 

聡は机から起き上がると、大声で返事をした。

 

*

 

スーパーやホームセンター、ドラックストアが建ち並ぶ区画までやってきた。駅前のショッピングモールまで買い出しに行くのは手間なので、近隣住民のほとんどがこの町で買い物を済ませる。

 

聡はスーパーの駐輪場に自転車を停めて降りようとしたとき、スーパーから出てきた茜を見つけた。駅前で再会してから、ちょうど一年ぶりになるだろうか。

 

声をかけようと歩き出した瞬間、足元で何かが吠えた。驚いて飛び上がると、そこにはポチエナのような黒い子犬が元気に吠え続けている。

 

「コラッ、ファング!やめないか!いやあ、すいません」

 

リードの先には、五十代ぐらいの男性が立っていた。昔はヤンチャをしていたのか、眉毛あたりの古傷が印象的だった。

 

聡は会釈をして去ろうとしたが、その男性は聡の自転車を見てハッとした顔つきになった。

 

「ひょっとして、ポケモンのドラゴンアッシュさんですか?」

「えっ!あ、はい。そうです」

「ああ、やっぱりそうでしたか。自転車であちこち移動してたから、凄い人だなーと思ってましたよ」

「あははっ……どうも」

 

聡は照れ臭そうに顔をそむけた。よくよく考えると、三十代男性が自転車で公園を回っているのは滑稽な話だ。

 

話を聞いていると、どうやらこの男性は青チームのファングだった。アカウント名は、子犬の名前からきているらしかった。紛らわしいので、犬のほうはポチファングと呼ぶことにした。

 

その後、買い物袋を手にぶら下げた奥さんもやってきて、「私も一緒にやってるんですよ」と笑いながら説明してくれた。奥さんのほうはレベルが低いせいか、あまりアカウント名に覚えがなかった。

 

ファングは、ポチファングをあやしながら、「ドラゴンさんは強いから、ぜひレイドバトルも手伝ってほしいものです」と口にした。

 

「そ、そんな強いだなんて、ははっ。でも、一緒にできるといいですね」

 

ファング夫婦は会釈をし、自分たちの車まで歩いていった。そんな様子を見ながら、聡はしみじみと思った。

 

「ポケモンってすげぇな……」

 

ポケモンGOを通じて人と会話をする日が来るとは、夢にも思わなかった。

 

こんな出会い方もあるのかと関心している時、ふと茜がいたことを思い出した。キョロキョロと辺りを見回したが、どこにもいなかった。

 

「まあ、そのうち会えるか。最近は、この辺もジムで来るし」

 

聡は買い物の用事を済ませるため、スーパーの玄関をくぐった。

 

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17・再ブーム

母親は、朝からずっとソワソワしていた。

 

無理もない。制限のかかったテストが終わり、今日から誰でもレイドバトルを楽しむことができる。

 

「芝浦公園のタマゴが割れるわっ」

「落ち着いて、母さん」

 

黄色いタマゴが割れると、中からカイリキーが出てきた。聡が望んでいたポケモンだった。

 

だが、ずっと気になることがあった。

 

「母さんと二人で倒せるかな……」

 

東京では再ブームと言われているポケモンGOだったが、この双葉市の西エリアに人が集まるとは思えなかった。

 

スマホアプリにおいて、一度離れたユーザーが戻ってくるという前例はほとんどなかったからだ。

 

だが、公園に訪れると、その予想は見事に裏切られた。

 

シバジムには十台の車が横付けしており、公園内で大人たちが円を作っていた。高齢者ばかりかと思いきや、四十代が多かった。中には、学生の姿もあった。

 

聡は円には入らず、遠くからカイリキーレイドに入ろうと考えていたが、母が「ポケモンの集まりですかー?」と尋ねてしまい、全員の注目を集めてしまった。

 

「あれ、ドラゴンさんじゃないですか?」

 

聞き覚えのある声に視線を向けると、ファングが手を挙げている。奥さんとポチファングも一緒だった。

 

「ああ、どうも」

「ここのジムなら、なんとなく会えると思いましたよ。ドラゴンさんの縄張りですもんね」

「あはは……」

 

そんな会話をしていると、周りが明らかにザワついていた。すると、四十代前半ぐらいの男性が声をかけてきた。目が細く、カビゴンのように丸々と太った体型だった。

 

「そうですか、あなたがあの有名なドラゴンさん」

「あっ、はい。ええっと……」

「僕は、赤の大統領です」

 

なんということだろうか。長年、バチバチとやり合ってきた敵と直接対面してしまったようだ。だが、大統領は軽快に笑っているばかりだった。

 

「やあ、凄い人だと思ってはいましたが、まさかこんなにお若い方だとは」

「いやあ、その節はお騒がせしまして……」

「いやいやいいんですよ、ゲームの話ですからね」

 

細い目を更に細めて、大統領は笑っていた。なんと寛大な人だろうか。アカウント名に大統領と付けるだけのことはある。

 

ドラゴンアッシュの名は、知らぬ間に有名となっていたようで、周りの人たちからも、まるで以前から知り合いだったかのように話しかけられた。そんな息子の様子を見て、母はなんだか嬉しそうだった。

 

「じゃあ、そろそろ入りますか。いいですか、会長!」

 

ファングは、年長者の男性にそう声をかけた。その初老の男性は、どうやら実際の町内会長らしい。石英町の町内会長なので、もともと有名な人らしかった。

 

カイリキーレイドは、十八人で行われた。強力だと思われていたカイリキーは、ものの数秒で縮んでいった。

 

「お疲れ様でしたー」

 

挨拶のあとは、お楽しみのポケモンゲットチャンスだ。カイリキーは『パイルのみ』で捕まえたいところだが、実際にやってみるとなかなか捕まらない。どうやら他の人たちも同じ状況らしく、あちこちで苦悶の声が漏れていた。

 

聡は安全のため、捕獲率が上がる『ズリのみ』に切り替えて臨んだ。その作戦はうまくいき、なんとか捕まえることができた。

 

「ああん!逃げちゃった!」

 

母は悔しそうにすると、ファングの奥さんがなだめていた。どうやら、あの方も失敗したらしい。

 

ファングのほうは絶好調らしく、「会長、次どこに行きますか?」と行き先を決めていた。

 

会長が桂木町のジムの話をすると、それを聞いていた人々は団体行動のようにぞろぞろと移動し始めた。

 

ファングは去る前に、「ドラゴンさんも行きますか?」と声をかけてきた。

 

行きたいのは山々だったが、用事があるので断った。

 

母と一緒に帰ろうとすると、近くにいた人たちにこう言われた。

 

「じゃあ、ドラゴンさん、また!」

「ドラゴンさん、今後はお手柔らかに」

「ドラゴンさん、明日もレイドやりましょう!」

 

その別れの言葉は、本当に嬉しかった。ここ一年間は他人と会話をしていなかったので、余計に心に染みた。

 

ただ……みんなが去った後、聡は深いため息をついた。

 

「どちらかというと、アッシュなんだよなあ……」

 

聡にとって『ドラゴンさん』は、ワンピースの主人公の父親のイメージしかなかった……。

 

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