この内容は、『めざせジムリーダー』の第4章~3~です。
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目次
【第4章】理想と現実の狭間で~3~
26・優しい世界
牛尾による四天王ジムへの攻撃が終わったわけではなかった。
いや、どちらかといえば、彼女であるミルタンの猛攻というべきだろうか。
最近は夜だけになったのだが、それでもミルタンの攻撃は徹底している。壊したあと、五分後に再びやってくる。悪意さえ感じずにはいられない。
ファングに相談してみると、「大丈夫です、双葉市で最強なのは青ですから」という返答をされた。
その言葉どおり、最近では『青龍』のメンバーであるロビンソンを始め、大勢の青チームが常磐町に寄ってくれた。だから、すぐに青ジムは再生する。
しかし、それは根本的な解決になっていない気がした。そう強く思うようになったのは、『青龍』のメンバーでもあるヴィーナスが一切参加しなくなったことだった。
「ちょっとやりすぎだよ、ファングさんは」
こないだスーパーでヴィーナスと会ったとき、そんな言葉を口にしていた。もはや、聡だけが感じる違和感ではなくなっていたのだ。
この状態は、聡が理想としていたポケモンGOの姿ではない。
もちろん、聡にファングを攻める資格はないだろう。かつて一人で相手チームのジムを破壊していた時、聡も同じ気持ちだったからだ。
でも、それはレイドバトルを通して変わっていった。それをファングも分かっていたはずである。なのに、どうして……。
聡は自宅から飛び出し、自転車を走らせた。目指すは、駅前で行われているライコウレイドだ。
日曜日ということもあり、駅前はかなりの人混みとなっていた。双葉市のポケモンGOプレイヤーが五十人ほど集まっている。まだ、これほどいたことに驚き、何故全体のLINEに声をかけないのかという憤りを覚えた。最近では、全体のほうの集まりは一切なく、退出の表示ばかりが増える一方だった。
その人混みの中で、『青龍』のグループを見つけた。聡が近づくと、ファングは驚いた表情を浮かべた。
「あれ、ドラゴンさん!お疲れ様です!こっちまで来るなんて珍しいですね。言ってくれれば、待ってたのに」
「いえ、レイドやりに来たわけじゃないんで」
ただならぬ雰囲気に、近くにいたロビンソンとファングの妻さんは顔を見合わせていた。
「あの、『絆』はどうする気ですか?」
その言葉を聞いた途端、ファングはばつが悪そうな表情になった。
「『絆』は……牛尾のせいで崩壊気味なんで、もうダメです。代わりに、『青龍』でレイドやっていきましょう」
聡は俯いたあと、絞り出すような声で語り始めた。
「ファングさん、オレはあなたに出会えたことを感謝しています。ポケモンの世界で例えるなら、正体を隠して主人公を導いてくれるチャンピオンのような存在だからです。一人でポケモンGOをプレイしていたオレに、ポケモンという同じ趣味を分かち合える仲間に出会わせてくれたからです。それが『絆』です」
「…………」
「でも、今のファングさんは、悪のボスと同じです。ただし、歴代の悪のボスたちと比べるとまるで質が低い!あのサカキでさえ、最後は自分の間違いに気づきました。マツブサとアオギリは、自分の信念を曲げずに戦ってきたからこそ、その間違いを深く反省することができた。アカギとフラダリは最後までぶっ飛んだ奴らですが、その生き方には同情できる点もあった。ゲーチスだけが最後までクズ野郎でしたが、そんな男にNは『とうさん』と呼びかけました。だから、主人公であるオレたちも許すことができたんです!ポケモンの世界には、優しさが溢れているんですっ!」
息も絶え絶えに話したあと、聡は捨て台詞のようにこう続けた。
「オレが言いたいことは……また、みんなでレイドがしたいということだけです。色の隔たりなく、ポケモンの『絆』で結ばれたみんなで……」
それだけ言うと、聡はその場を立ち去った。この現実から消えてしまいたかった。
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27・みんなのトラウマ
アッシュ@キミにきめた
『リアルに首を突っ込むとロクなことがない。やっぱ、お前らとつるんでるほうが落ち着くわwww』
※※※@※※
『久しぶりの書き込みが愚痴かよwwwwww』
※※※@※※
『理想高杉で草』
※※※@※※
『でも、分かるわ。オレの近所にも、トレーナーレベル低い奴はレイドにいれないというクズおる』
※※※@※※
『ポケモン知らんゴミどもが我が物顔でレイド仕切ってるのは、いい加減どうにかしてほしいわ』
※※※@※※
>>1
『ザマァァァwwwwwwwwwwお帰りwwwwwwwwwwww』
ザマァ野郎のコメントでさえ、今の聡には心地よかった。文章なら、相手の感情はどうとでも読み取れる。それを優しさと受け取ることも難しくはない。
机の上に置いてある卓上カレンダーを見ると、今が十一月であることに気づく。月一ごとにやってくる新しい伝説は、まだやれていなかった。
「あーあ、エンテイ欲しいな。でも、今更レイドに行けるわけないし……。そうだ、東京へ行こう!あそこなら、会話をしなくても人が集まる。最高の環境じゃないか!」
人に溢れていても、人との繋がりが希薄になりがちな都会に、聡は憧れさえ感じていた。
その時、掲示板に書き込みがあった。
プロフェッサーオーク@ポケモン川柳
>>1
『ポケモンやってる人に悪い奴はいない』
「ポケモンやってる人に……悪い奴は……いない……」
聡は、その文章を何度も読み返した。これほど心に刺させる言葉が今まであっただろうか。
「でも……どう考えても、もう修復無理じゃん!悪のボスのくだりとか言う必要なかったし!!」
聡はベッドに潜り込むと、頭を抱えた。やはり、感情のままに行動するのは間違いだった。
中学生のとき、それが原因で孤立したことがあった。茜と再会した時に言われた『大人しくなった?』は、おそらくこれが理由だ。それから、小学生の頃のようにベラベラと自分の意見を言わなくなった。ありきたりな大人と同じく、人の顔色に合わせるような性格に……。
その時、ピロン、とスマホが鳴った。聡は面倒くさそうに表示を見る。途端、ベッドから飛び起きた。
ファング
『@ドラゴンさん レイド、一緒にやりませんか?渡るアヒルのレリーフで待ってます』
それは、『絆』のLINEからだった。
ポケモンGOを起動すると、ワタルジムにはエンテイが顔を出していた。初ゲットとなるチャンスに、心躍る。
しかし、気まずい心境から、なかなか返信することができない。すると、再びスマホが鳴った。
ロビンソン
『@ドラゴンさん ずっと待ってるッス!』
イーグルアイ
『@ドラゴンくん 早く早く』
大統領
『@ドラゴンさん エンテイゲット、協力してください』
ヴィーナス
『@ドラゴンさん (^_-)-☆』
会長
『待ってます』
聡の心境を察してか、続々と仲間たちが言葉を寄せてくれた。胸が熱くなった。
外に出る準備を済ませると、母を呼びに台所へ向かった。玉ねぎを切っていたためか、目には涙を溜めていた。
「母さんも欲しいけど、お父さんが買い物から戻ってくるまで待ってるわ」
「あ、そう……。戻ってきたら、どっか行くの?」
「ううん、そうじゃないけど……。ほら、母さんがいないと寂しがるでしょ?」
母は笑顔でそう答えた。もしかすると、ポケモンGOで外に出るのを父が嫌がっているのかもしれない……。聡は、母の態度をそんな風に捉えることにした。
急ぎ足でワタルジムにやってくると、ファング夫妻、ロビンソン、ヴィーナス、会長、イーグルアイが待っていた。
聡が近づくと、ファングの奥さんは旦那に「ほらっ、ちゃんと言いなさいよ!」と尻を叩き、無理やり前に出した。ファングは頬を掻きながら、聡に歩み寄った。
「ははっ……。実はあれ以来、ずっとファングに噛まれてましてね……」
「……飼い犬にですか?」
今も奥さんの隣にいるポチファングは、しっぽを振りながら吠えている。そういえば、爆弾発言をしたあの日も、一緒にいたのを思い出した。
「今まで噛まれたことなんてなかったんですが、まるで子供を取り上げられた母犬のように攻撃してくるんですよ。そしたら、かみさんにも言われちゃって……。すみません、ドラゴンさんの言う通りです。『絆』を大切にしていこうって言いながら、ちょっと暴走気味になってました」
「あ、いや……オレのほうこそ、生意気なこと言ってしまって……」
「いいんです。悪いのはオレですから。だから、『絆』のみんなに一人一人連絡して、またみんなでレイドがしたいとお願いしました。反応が良くない人もいましたけど、こうして集まってくれた人もいました」
その場にいる『絆』のメンバーは、その問いに答えるように聡を見つめた。その気持ちだけで十分だった。
更にファングは、『青龍』を含む様々なグループにも連絡をして、一緒にレイドをするようにお願いしているという。そうなれば、全体のレイド専用LINEでも声がかかるようになり、他のLINEグループに所属していない人たちも、またレイドバトルに参加できるようになる。
「牛尾にも声はかけたんですが……こっちは、まだ時間がかかりそうです」
「そうですか。でも、きっとファングさんの気持ちは伝わってますよ」
「ただ……彼女さんのほうは、まだ怒ってるかもしれませんね」
「あ、ああ……どうなんですかね?」
この頃、牛尾の彼女であるミルタンは、四天王ジムに顔を出さない。代わりに、石英町のジムを攻撃していた。ファングの入っているジムもやられるので、今でも怒っていると思うのが自然だろう。
「さて、そろそろいいかな?エンテイ、逃げちゃうよ」
マイペースな会長にそう言われ、みんなは声を出して笑った。確かに、それでは集まった意味がなくなる。
「すみませーん!まだ、レイドしてませんかー?」
みんながレイドの準備画面に入ったとき、後ろから女性の声が聞こえた。聡は「まだですよ」と言いながら振り返ると、目を見開いた。
「あ、茜ちゃん!?」
「あれ、聡くん、久しぶりー。やっぱりポケモンやってたんだ」
一年前に再会したときは、さもポケモンには興味なさそうだった茜が、今ではスマホカバーがピカチュウ色に染まっていた。
ただ、本当に驚いたのはここからだった。青チーム全員のトラウマであるアカウント名が、そこには表示されていたのだ。
「茜ちゃん……ミルタンなの?」
「うん、そうだよ。知らないうちに40レベルになっちゃった。聡くんは?」
「……ドラゴンアッシュ」
「うっそー!聞いたことあるかも!あれ、どこだっけ?この辺に、いっつも入れてなかったっけ?」
聡はファングと目を合わせた。牛尾の彼女の反応とは思えない。
聡は恐る恐る、今日に至るまでの牛尾との経緯を説明した。茜は、ようやく理解したように手を叩いた。
「あー。あのバカが被害妄想でマジギレしてた時ね。そういえば、その時に『ドラゴンもムカつく!』って言ってた。それで聞いたことあったんだ、私」
「ええっ?茜ちゃんはそんなテンションだったんだ……。でも、常磐町のジムとかめちゃくちゃ攻撃してたよね?」
「うん。だって、金ジムにしたいから。私、双葉市にあるジムを全部、金にするのが目標なんだー。今は、石英町を金ジム計画中なの」
茜は舌をペロッと出して微笑んだ。勘違いとは恐ろしいものだ。壊したあとに五分足らずで攻撃を加える行為は、何も悪意ばかりの話ではない。ただ純粋に、スマホアプリを楽しんでいる者もいるのだ。結局のところ、人間は話してみないと理解し合えない生き物ということだ。
茜の登場から驚かされっぱなしで、バトル画面をまったく見ていなかった。知らぬ間に、エンテイは倒れていた。だが、ゲットチャンスの間もサプライズは続いた。
「聡くんの話を聞いてると、なんか牛尾のこと他人行儀になってるけど……。小学生の頃、一緒に遊んでたからね」
「はっ?」
「ほら、ポケモンでよく遊んでたじゃん。あの頃の牛尾は、まだ坊主頭でチビだったけど」
確かに、小学生の記憶を思い起こす時、必ず思い浮かぶ友達がいた。名前は思い出せなかったが、まさかあれが牛尾だったとは……変わりすぎである。今では、聡の頭半分ぐらい身長がデカい。
初のエンテイゲットとなった記念すべきレイドだったが、茜のせいで感動を味わう暇などない。
「あっ、見て見て!このエンテイ100%だよ!」
「止まらないね、茜ちゃんのサプライズ……」
聡のツッコミに、他のみんなも共感したようで腹を抱えて笑っていた。茜も一緒になって笑った。
ポケモンGOが巡り合わせてくれた、最高の仲間たちだ。
そんな幸せの最中、スマホに母の名前が表示された。聡はボタンをタップし、耳元にスマホを押し付けた。
「どうしたの、母さん」
「聡ちゃん!今どこにいるの!」
「えっ、芝浦公園だよ」
「すぐに戻ってきて……父さんが倒れて病院に運ばれたの」
聡は、目の前が真っ暗になった……。
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